幼少期から、自分の意見をあまり前に出さない子どもだった。
両親や祖父母が買ってきてくれたものに対して、相手が嫌な気持ちにならないよう必要以上に喜んだり、父親が買ってきたものを喜んだら、次は母親が買ってきたものでも同じように喜んだり。
自分の気持ちよりも、相手の気持ちを優先して、自分の反応や意見を決めていた気がする。
そんな性格だったからか、人生の岐路に立った時も、自分で決断をすることが苦手だった。
進路や就職も、親を含めた家族の意見を聞きながら決めていた。
親は自分より長く生きていて、知識も経験もある。だから、その意見が正しいのだと思っていた。
自分の人生なのに。
当時は、それが「良い子」でいることだと信じていた。
でも今思えば、自分だけの責任で人生を選択することが怖かったのだと思う。
進学や就職など、ある年齢になると人生に関わる大きな選択をしなければいけない。
特別やりたいことがあるわけでもないまま、熱意もない状態で選択を迫られる。
そんな中で、自分一人で決めるより、周りの意見に従った方が安心できた。
けれど、非日常の環境に自分を置いてみたり、読書を通して自分自身と向き合ったりする中で、少しずつ考え方が変わっていった。
色々な価値観や生き方に触れることで、自分のやりたいことや、なりたい姿に対する熱意が、これまでとは比べ物にならないほど強くなった。
そして、自分の人生を自分で選ばずに生きていくことは、本当に正しいのだろうかと考えるようになった。
親が先に死ぬ可能性の方が高い。
その時、自分は誰の意見を頼りに生きていくのだろう。
結局、自分以外の誰も、自分の人生の責任を取ることはできない。
これは、他の誰の人生でもない。
だからこそ、自分で選び取っていく。
これは、その決意。


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