僕は、自分に求める基準が高い。
自分で言うのもなんだが、人生について深く考えるようになってから、今できることを毎日継続している。
筋トレやランニングといった運動、英語学習、読書、日記などだ。
読書以外は1日にこなす量を決めており、それを達成できないと苦しくなってしまう。達成してようやく自分への評価がフラットになる。褒めるわけでもなく、ただ「できて当たり前」と感じる。
僕はこれを、自分への評価が低いから起こるものだと思っていた。
しかし先日、友人と話していて意外なことを言われた。
「それはネガティブだからじゃなくて、むしろ自分に期待してるんじゃない?」
驚いた。
確かに、「努力して当たり前」という考えは、自分に対して過度な期待を抱いている状態なのかもしれない。
なぜなら、休むことやできないことを選択肢として認めていないからだ。
どれだけ疲れていても、どれだけしんどくても、やろうと思えばできてしまう。
その苦しさよりも、やらなかったときの失望の方がはるかにつらいからだ。
こう考えるようになってしまった理由として、思い当たることが二つある。
一つは、病気を通して人生にはいつ終わりが来るかわからないということを実感したからだ。
だからこそ、必要以上に今を全力で生きようとしてしまう。
できることはすべてやりたい。そうしている自分でいることで安心したい。
もう一つは、できなかったときに、過去の自分や過去のつらい出来事が再び目の前に現れるような気がするからだ。
あの頃の自分に戻りたくない。
その恐怖がある。
だから僕は、過去から逃げるように努力している。
もしかしたら、これは未来への期待ではなく、過去からの逃避なのかもしれない。

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